責任の所在はプログラムですか・・・
最近、どうもプログラマーってとってもリスキーな仕事のような気がしてきました。*1
例えば、某S社によるエレベーター事件。
via http://blog.kansai.com/bbrsun/455
より。
記事を良く見れば機器の前提条件が無視されていたという・・・
多分、コストの関係で容量の少ないROMにのっけるのにかなりプログラムのダイエットをノルマとして課せられたのか? と 勝手に予想・・・。
それから、某保険会社のお金未払い事件。
未払いの原因はプログラムの欠陥・・・。
ウーム。サラミプログラムか? と 勝手に予想・・・。
で、責任は何処に行くの・・・
ウーン・・・あえて とある人 に責任があったとしても無理やりプログラムの責任にするというやり方も無しにもあらず・・・
むしろ、「今後 責任を押しつける為の自己書き換えプログラムが実用化するだろう!」と勝手に妄想・・・。
理由は、自己を書き換えたプログラムがミスを犯しました・・・
その前に自己書き換えを行えるプログラムが社会的に認められるような功績を残さなければ・・・
すなわち
- 社会的に必須な事が出来る自己書き換えプログラムが実用化、コンビニのような存在になる。
- 社会と切っても切れない関係になる(車のような関係)*2
- その裏をついて様々な暗躍・・・
なんか、攻殻チック・・・ ( google:攻殻機動隊の世界観による )
ってか、書きながら気付いたけど、自己書き換えプログラムの責任の所在は車と同じようにオペレーター(運転手)が持てば良いのかな?
でも自己書き換えというのは全自動で書き換えを行うAIって意味合いなので・・・
やっぱりどこに責任を持っていけば良いのか不明・・・
そんな所にあえて「とある人」に責任があるのにもかかわらずAIに責任の所在があるとする。
すっごく、コーカクチック!!!
ってか、こんな妄想、いくらでも映画やテレビや漫画や小説化されているよね・・・
まぁ、責任についてはGOOGLE先生にお任せしよっと・・・
後記:以上の文の一部の内容はただの妄想でフィクションであり誠の真実ではありません。